「いない」今をゆっくり歩く。
今日8月4日は松田直樹選手の命日。6年が経った。
今年は文字にしてみようと思っていた。昨年は自分が生きてるだけでいっぱいだったから。
大好きな選手が、いない。
存在自体を心の支えにしていたから、その反動は長い時間をかけて大きくなっていった。
最初のころは、前向きに!と奮い立たせていた。上級救命講習も受けに行った。松本でも講習を受けさせてもらった。悲しみを減らしたいという気持ちはあったけれど、自分の悲しみにしっかりと向き合ったのかといえばそうではなかった。
年々虚無感が増していって、スタジアムに行ってサポーターの方々が熱くなっていればいるほど『自分には、その一挙一動を喜んだり悔しがったりする大好きな選手はここにはいないんだよ』といういじけた気持ちになった。あまりスタジアムにも足が向かず、サッカーの放送すら見なくなっていった。ちょっとした情報もわずらわしくてSNSも見なくなっていった。
静かに心が閉じていった。
そんなころ、大好きなバンドBOOM BOOM SATELLITESと旅に出ることが元気の源だった。とても幸せだったけれど、メンバーの川島道行さんが2016年10月9日に星になった。
堪えた。
喪失感と虚無感ばかりが心を支配して、息を止めながら水にずっとつかっている心地だった。
好きなものが居る場所に、自分の身を必死で置きたかったのだと今では思う。それがなくなるとひどく悲しく不安になり、時には怒りにもなった。しかし「本人そのものがどこにもいない」という現実を思い出すと、そんな感情すら無になった。
これから自分は生きていて、どうする? 何も思い浮かばなかった。
生きるのにお金がかかるから働くというのなら、いっそ生きていたくはなかった。
そんなことを考えながら過ごすのはとてもとても苦しかった。
だからこの1年は、物事との向き合い方を考え直す日々になった。
好きなものの中に自分の居場所を作るのではなく、自分の中に好きなものの居場所を作る。そいつが胸を熱くしたり、お腹から思いっきり声を出させてくれたりする。いきなりありがとうと伝えたくなったり、涙があふれてくるのは近くも近く、自分の中にあるからなんだよなーって。
— shindy_jdi (@shindy_jdi) 2016年8月19日
ブルーハーツの「情熱の薔薇」という歌が昔から好きなのですが、最近になって『そんな気持ちわかるでしょう』という問い(?)に深く頷く自分がいる。
— shindy_jdi (@shindy_jdi) 2016年8月21日
ヒロトさん自身を答えにするのではなく、ヒロトさんの発するもので照らされる自分の想いを見つけるとき、花瓶に水をあげられたなと思う。
出会えて嬉しくて、共有した時間はとても幸せで、それは本当のこと。
その感情は自分の中で起こったことなんだから。
大好きな選手が、いない。
「いない」今を、歩むこと。
それは自分の道に他ならず、道から作るその作業はとても大変だと知る。
そんなふうに、ゆっくり考えながら、立ち止まりながら、道を作っては歩いてみてるよ。
マツ。